崩壊の日 後編

 彼の死から十年が経った。
 私は今王座という檻の中にいる。
 その檻の中にいる間、私はあの人を殺した人間たちの望む王であり続けた。操り手に忠実な傀儡として。
 今日は私の即位何年目かを記念して、という名目の宴が開かれていた。
「では、我らが偉大なる女王陛下のとこしえの御代が続かんことを!」
 誰かの言ったその言葉と共に杯が差し上げられる。
 その言葉は決して嘘ではない。彼らは真実私にできるだけ長く王座にあって欲しいと思っているはずだ。こんなに都合のいい王など私以外にはいないから。
「陛下におかれましては、お世継ぎのことはどうなさるおつもりで?」
 宴の出席者が酔った振りをして近寄り、そんなことを話しかけてくる。
 用意周到なことだ。私は意識の端で思う。
 私は彼らの求めるまま結婚をしたけれど、いまだ跡継ぎはいない。私はまだ若いから気にしていなかったのだろうけど、人は死ぬものだ。私が死んだ後の次の操り人形のことを考えたのだろう。
「それは天に聞いてみなければ分かりません。けれど、私に子供が生まれたならば、あなた方にお任せいたしましょう。きっと立派な世継ぎに育ててくれることでしょうから」
 私は彼の望む答を返しておいた。今はその言葉で満足したらしく、その出席者は私から離れた。
 私が即位してからというもの、毎日がこれの繰り返しだった。女王の力添えを求める人間が、入れ替わり私に近づいてくる。
 私はそんな日常にうんざりしつつも、彼らの求めにはしっかりと応えた。
 おかげで、国内の私の評判はすこぶる悪い。当たり前だ。国民の目には政を放棄して、家臣の言いなりになっているように映っているのだろうから。
 けれど、そんな茶番も今日で終わり。
 今日のために私は今まで生きてきた。

 始まりは誰かの苦しそうな声だった。家臣の一人が床に倒れ込んでのたうち回る。
 とうとう始まった。私は無表情の裏でそう思った。
 今夜の宴の出席者は国の政を動かしてきた人物ばかり。
 つまり。

 あの人を殺した人間たちだ。

 苦しむ声は一人から二人、二人から三人へと次第に増えてゆく。
「何だ、これは……!」
「ど、毒だ! 食事に毒が盛られていたんだ!」
「な、何だと!!」
 動揺が波のように彼らの間に広がってゆく。
 今さら気づいても、もう遅い。今日の宴に出された料理にも、飲み物にも、毒の入っていないものなどなかった。
 そのうち最初にうめきだした者が、息絶えた。その他にうめいていた者も次々に死んでゆく。
 そうなると、残った者に恐怖が伝染する。
「う……うわあぁぁ」
「助けてくれ! 私はまだ死にたくない!!」
 半狂乱になった何人かはこの部屋の唯一の出口へと殺到したが、扉はびくともしない。
「何? 何で開かないんだ!」
 私はこの十年間、今日のために幾重にも策を張り巡らせた。料理人の一人を抱き込んでこっそりとすべてに毒を混ぜさせ、私に忠実な小者に、私と彼らがこの部屋に入ったら、決して扉を開けないようにと命じた。
 そんな私がこいつらを逃がす訳がない。
 そうこうしているうちにも、毒によって死んでいく者が後を絶たない。
 幾つもの悲鳴が聞こえてきても私は眉一つ動かさない。だって私は彼らの望むまま人形となったのだから。
 幸せで無邪気な少女だったわたしはあの人と共に死んだから。
 皆が皆絶望にうめく中、誰かが一人涼しい顔をして椅子に座っている私に気づいた。苦しい息で私に詰め寄る。
「私たちがいったい何をした!」
 私はそれを言うことすら億劫だった。それに、理由を告げて懺悔などさせるつもりはない。お前たちなど、訳の分からぬまま苦しんで死ねばいい。
 最後に残った男が最期の力を振りしぼり、無言の私に飛びかかって首を絞める。首を絞める力は強く、私の力では外すことはできない。
 しかし、その男もとうとう力尽きたのか、その腕の力は緩んだ。のしかかる体を押しのけると、先ほどまで私の首を絞めていた者の体は床にごろりと転がった。
「陛下」
 隠し扉から、私の側近が現れた。恭しく一礼した彼の手には銀色に輝く盆を捧げ持っている。
「お望みのものをお持ちしました」
 私は無言で盆に置かれたワインのグラスを受け取り、一気に飲み干した。飲み終わったワインを盆に戻し、私は問いかける。
「私の命じたとおりにしてくれた?」
 女王の第一の従者は律儀に答える。
「はい。もうそろそろこちらにも火が回るころかと」
「そう。城の者はみんな避難した?」
「はい。この城で生きている人間はもう私と陛下の二人だけです」
 自分の足下に火がついて、逃げない莫迦はいない。私はずいぶんと恨まれていたから、城に残って火を消そうなんて考える人間なんていない。
 これで心おきなく最期の仕上げに取りかかれる。
「あなたは前に教えた隠し通路を通って逃げなさい」
 私の言葉を受けて従者は口を開きかける。
「私は、」
 彼が言い終わる前に私は言葉を制した。
「だめよ」
「……陛下の御心が安らかでありますよう、お祈り申し上げております」
 彼はそれ以上何も言わず最後に深く一礼して、隠し扉の向こうに消えた。
 彼がこの部屋から消えるのを確認した直後、めまいが私を襲う。それも当然だった。先ほど飲んだワインには毒が入っていたのだから。
 彼は私についていきたかったに違いない。昔から一番そばにいてくれた人間だから。あの人を捜しに馬車を走らせてくれたのも彼だった。
 でも、私の道連れはこいつらだけで十分だ。無感動に床に転がる死体を眺める。
 と、扉の外から炎が侵入してきた。この部屋は事前にカーテンやら壁に油を染みこませてある。今日の料理は香りの強いものばかりを選んだから、何とか油の臭いはごまかせたらしい。
 油のおかげで、勢いを得た炎は、またたく間に私を取り囲む。私は椅子に座ったまま動かない。
 あっちでは会えないだろうな、と私は炎を眺めながら何となく思う。あの人がいるのは天国で、私たちが堕ちるのは地獄だから。

 私の飲んだ毒は即効性の毒ではなく、じわりじわりと苦しんで死ぬ毒だから、炎に灼かれて死ぬのと、毒が回って死ぬのは、どちらが早いのだろうか。まぁ、どちらでもかまいはしないけれど。
 想いと呼ぶのもおこがましい、この思いが遂げられるのなら何がどうであろうと、どうなろうと私の知ったことではないもの。
 毒のせいか、次第に意識が朦朧としてきた。
 この十年、長かったなあ、と思う。
 でも、
 これで全部終わる。
 そう思ったら、一筋の涙が頬を伝った。
 私は驚いた。
 笑い方も泣き方も忘れてしまったと思っていたのに。
 自分にもまだ人らしい感情が残っていることに、ただただ驚いた。
 
 座して死を待つこの時に、思うのはあの人のこと。
 もしかしたら、あの人はわたしのことを愛していなかったのかもしれない。一人ぼっちになった可哀相な子供に同情しただけだったのかも。
 その答えはあの手紙の続きに書いてあったのかもしれないけれど、それも今となっては確かめようもないことだ。
 わたしはあの人が好きだった。これだけは、この思いだけは確かなのだからそれでいい。

 私のすることはたった一つ。
 あなたへの思いに殉ずることだけ。
 それが私にできる唯一のこと。

 優しいあなたは、こんなことをしでかした私に心を痛めているだろう。でも、私はあなたを殺した者を許しはしない。

 そう、わたしはただ
 あなたを殺した人間が許せなかっただけ。
 だから私も死ぬの。

 だってわたしは


 あなたをころしたんだもの


end.

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