総真は自分を招き入れるドアに躊躇う。もともと噂の真偽を確かめるのが目的ではなかったが、いざ現実になるとどことつながっているか興味がわいてきた。
 湧き出る好奇心に後押しされて、総真はごくりと唾を飲み込むと列車の中に足を踏み入れた。
 総真が車内に入ると、音を立てて扉が閉まった。列車は停止した状態から緩やかに速度を上げていく。総真は周囲をゆっくりと見まわした。内装も特に違和感のあるものではない。四人掛けの座席に腰掛ける。
 車内にはまばらだが人影がある。自分一人ではないことに総真は少し安心した。車内アナウンスの類はない。誰の話し声もしないので、レールから伝わる衝撃以外驚くほど静かだ。
電車独特のリズムを刻む振動に、総真はうとうとし始める。そう言えばもうとっくに眠りについている時間だ。そのことに気づいたら、猛烈に眠くなってきた。この状況で意識を手放すのはまずいと、なんとか眠気を払おうとするが結局は無駄な努力に終わってしまった。
 総真の意識が覚醒したとき、周囲の様相の変貌にぎょっとした。列車の動きはじめたころには普通だったはずの風景が様変わりしていた。雪のちらつく見知った景色から、何もない漆黒の闇の中へ。
 眠ってしまって何分経ったのか。風景の変化に戸惑っているのは総真だけで、ちらほらといる乗客は微動だにしない。
(なんだ、これ。何がどうなって……)
 総真は廃駅での選択を今さらながらに後悔した。
 混乱している総真をよそに、列車の速度が徐々に落ちていく。停車するのだろうか。まさか本当に異世界に?
 家に帰るにはどうしたらいいのだろう。まさかこんなことになるとは、あんなこと考えなければよかった、そんな思考がグルグルと回る。
 総真の思考の間にも列車は減速を続け、やがて完全に列車は止まった。そして、恭しさを感じさせるほどにゆっくりと扉が開いた。総真は席を立って扉の向こうを覗き込んだ。一見駅のようだが、総真の知るような場所には見えない。
 扉が開いても、総真は足を踏み出せずにいた。躊躇っているうちに乗客はすべて降車したようだ。車内には自分以外誰もいない。それでもこれからの行動を決めかねて総真はその場から動けない。
 そうこうしているうちに、車内の電気がパッと消えた。駅の構内らしき場所には多少の明かりがあるらしく、完全な暗闇ではないが、車内の様子が一気にわからなくなった。これはもう覚悟を決めて列車から出るべきだろうか。
 そんな総真の逡巡などお構いなしに、車両と車両をつなぐ貫通扉がゆっくりと開いているらしき音がする。別の車両からランプを持った人影が現れた。総真は息をのんだまま、その誰かが自分に近づいてくるのを待ち受けた。その人影は総真に向かってランプの光をかざす。
 数秒の沈黙ののち、先に言葉を発したのは人影のほうだった。
「どういうことだ? 生者がなんでこんなところにいる?」

「おい坊主、いったいどこから入り込んだんだ?」
「ええと、あの……」
 ひどく驚愕した様子の相手から問いを投げかけられても、意味が理解しかねる総真には何も言うことはできない。
 会話が途切れ、無言のままお互いの様子をうかがっていると、別の男が車両の外から現れた。
「おい、どうした?」
「大変だ、今日の列車に生者が紛れ込んでいたらしい」
「どうするんだ」
「とりあえず、柳真のダンナに知らせたほうが……」
 総真は黙ってやりとりを眺めるしかない。二人とも見た目は普通の人間以外には見えないが、「生者」という不穏な単語は聞き逃せない。総真を生者と呼ぶ以上、彼らは「それ以外」の者であるのは明らかだ。
 彼らの会話から総真の存在が問題なのはなんとか分かったが、それ以上の理解を頭が拒む。
 逃げたほうがいいのか、それとも留まるべきかの判断もつかない。廃駅の列車に乗ったときから、迷ったり戸惑ったりの連続で、冷静でいられない自分がだんだん情けなくなってきた。
「やあ、ごきげんよう皆の衆」
 なにやら深刻な二人とも、自己嫌悪真っ最中の総真とも違う明るい声が乱入してきた。先ほどまで議論していた二人は救いの神とばかりに、その場違いすぎる陽気な声の主へと押し寄せる。
「柳真さん!」
「大変でさぁ。今日のお迎えに生者が迷い込んでいたらしくて」
「生者ぁ?」
 柳真と呼ばれた男は、この場の異物たる総真に向き直る。彼は総真を上から下まで無遠慮にながめた後、口を開いた。
「少年、名前は?」
 まるで今日の天気でも聞くような気軽さだった。
「……本舘、総真です」
「もとだてそうま、ね。よし、こいつは俺が預かるから、仕事に戻っていいぞ」
 どうやら上下関係はこの男が上らしい。指示を出されたほうは、明らかにほっとした様子だった。
「どうもすいません、じゃあ後はたのんます」
 男たちが離れていって、総真と彼の二人になる。相手の出方を量りかねて、そっと最後に残った男のほうをうかがうが、彼は少し考え込んでいるようだ。
 一対一の沈黙に耐え切れなくて、恐る恐る声をかけようとしたとき。
「あの……」
「うん、よし。ついてこいよ、少年」
 事情の呑み込めない総真が面食らうのをよそに、男は歩き始めた。何がよしなのか分からないまま、総真は先を歩く背中に続いた。
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